音楽の好きなところ。感覚を感覚のまま伝えてくれるところ。

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どうも、のさか(@breakconnect)です。

僕は音楽が好きなんですが、音楽が好きな理由を伝えるのって難しくないですか?

「いや、好きなものは好きなんだよ!」みたいな答えにならない答えになりそうだなぁ……と。

ふとそんなことを考える機会があり、色々思い浮かんだのですが、やっぱり最もしっくりくるのは「感覚を感覚のまま伝えてくれるところ」でした。

今回はそんな音楽についてのお話です。

言葉は嘘つきだ

言葉(口頭・文章)だけで他人に自分が思っていることを伝える際、僕らはできる限り論理だてた言葉を使って伝えようとします。

しかし、そこで実際に自分が伝えられることは、自分の思っている何%くらいでしょうか? そこから実際に相手に伝わるのは、自分が伝えたかったこと何%くらいでしょうか?

……多分、自分が思っていることを100%相手に伝え切ることは、そうできるものではありませんよね。

つまるところ、言葉は嘘をつくものなんです。自分が思っていることを必ずしも全て伝えてくれるわけではないし、伝わったとしても一部しか伝わらないことばかり。

僕は口下手で、喋ると無駄に角が立っちゃったりして上手く伝えられません。得意な文章でも、大体自分が思っていることの半分くらいしか伝えることができません。

(もちろんこれは、僕の表現能力の低さの問題でもありますが。)

感覚をそのまま伝えてくれる音楽

ここに音楽(をはじめとした芸術)の素晴らしさがあるんです。

言葉だけでは伝えきれない感覚を、ほとんどそのまま感覚として相手に伝えてくれる、そんな素晴らしさ。

例えば、僕がある人のことをどうしようもなく好きだったとき。

その「好き」という感覚を伝えるために、色んな美しい言葉を使っても、いくら感情を込めても、自分の中にある「好き」を伝えきることはきっとできないんです。

「世界で一番好きだ!」や「愛している!」だなんてありきたりな言葉を使っても、なんだかチープなものになって伝わりそうじゃないですか?

でも、音楽ならそれをチープなものにせずに伝えてくれることがあるんです。

音に、言葉に、「好き」という感覚を乗せて伝えてくれる。音に、言葉に、乗せられた「好き」という感覚が伝わってくる。

そんな奇跡みたいなことが起きたりするんです。

だから、僕は音楽が好きなんです。それは本当、どうしようもなく。

最後に

当然のことながら、言語化していくことはとても重要なことです。でも、言葉だけで伝えようとするとどうしても理屈っぽくなってしまいます。

だからこそ、感覚と論理はどちらも大切で、どちらか一方で済ませようとしちゃダメなんです。

・・・

中学3年生のとき、人生に絶望していた僕がMr.Childrenの「くるみ」を聴いて号泣したのは、確かに論理ではありませんでした。

誰も入れようとしなかった、誰も入ってこれなかった心の中に入って、語りかけてくれたこと。それは「痛い」ってくらい響いて、ずっと押さえつけてきた感情をブワッと溢れ出していきました。

いつか僕もそんな風に、心にそっと寄り添い、語りかけるようなものを生み出せたらいいなぁ。

 

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