他人から教えられる答えなんて、対症療法に過ぎない。答えは自分で見つけるものだ。

どうも、のさか(@breakconnect)です。

岸見一郎氏・古賀史健氏共著のベストセラー『嫌われる勇気』の中で、「他者から教えられる答えなど、対症療法にすぎません。答えとは自分で見つけるものです」という台詞があるのですが、これは本当にそのとおりだなぁと。

オーディオブック
書影

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
岸見一郎、古賀史健
1,620円

 

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僕自身、以前『「教えられる」という行為の落とし穴』という記事で、自分で答えを見つけることの重要性を書いたことがあります。

今回は、この記事に付け加えるつもりで書いていこうと思います。キーワードは「理解」「実感」です。

自己啓発本で変われない理由

そもそも対症療法というのは、「根本的な対策とは離れて、表面に表れた状況に対応して物事を処理すること」を指します。

誰かに教えられる答えは根本を解決してくれないものだと言っているわけですが、それは一体なぜでしょうか?

答えは、誰かに答えを教えられても(その答えが正しかろうが間違っていようが)、僕らは「理解」することしかできないからです。

前回も例に挙げたのですが、自己啓発本を読んで変われる人はほんの一握りで、殆どの人は変わることができませんよね。それって、その本に書いていることを理解はできても、納得できないでいたり、実践できないでいたりするからなんですよ。

仕事術の本に書かれている、「朝の時間を有効活用する」とか「SNSやメールを見ない」とかって理解はできても、その通りに一つ一つ完璧にやっていくことは正直無理ゲーだったりします。

答えは自分で見つける

でも、実際にその答えを体現している人がいるということは、なんとかしたら誰でもできるようになれるはずなんですよね。

じゃあ、どうすれば誰しもが答えを体現できるようになるかというと、答えの真意や重要さを「実感」することなんです。

朝の時間を有効活用することでこれだけの生産性が上がると、SNSやメールを見ないことで残業がなくなると実感すること。そうすれば、自ずとその行動を選択していくようになっていくようになります。そっちの方が自分にとってのメリットが大きいわけですから。

ならば、どうすればその実感することができるのかというお話になってきますよね。

これが元の台詞に戻ってくるわけですが、「答えを自分で見つけようとすること」なんです。

長い時間をかけて、自分であれやこれやと試行錯誤し続けること。そしてその結果、「これだ!」と思えたものこそが”答え”と呼べるものになってくるわけです。

教わる意味はないのか?

では、そもそも誰かから答えを教わる必要なんてどこにもないじゃないか、ということになってきそうですが、そうではありません。

というのも、僕達が答えを知るために通る過程というのは、理解↔実践(試行錯誤)→実感だからです。その点で言えば、最初に理解してから、ちゃん実践して試行錯誤して自分のものとして実感していける(一言で言えば、コツコツ几帳面な)人は、教えてもらった方が確実に早く答えにたどり着けることもあります。

逆に言えば、黙って座ってウンウン頷くのが苦手な人は、下手に教えてもらおうとするのはやめて、実践の時間を増やした方が良いかもしれません。

最後に

僕は後者側で感覚派の人間なので、誰かから教えてもらうということが嫌いなんですよね。話を聞いてても右から左へ通り抜けてしまうかんじ。

自分自身がどちらのタイプの人間なのかということを理解して、座学で学んでいくのか、実践の中から学んでいくのかバランスを見ていくといいかもしれませんね。

その時は、自分の認知段階が「理解」なのか「実感」なのかもしっかり観察していきましょう!

それでは、今日はこの辺で。

ではでは。

 

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