「人生終わったな」と思ってても、安々と終わらない

どうも、のさか(@breakconnect)です。

突然ですが、みなさん。これまで生きてきて、「人生終わったな」と思った瞬間ってありますか?

僕はたくさんあります。

一番最初にそう思ったのは、小学3年生の頃のことですね。友達と喧嘩(多分凄く理不尽な理由だったと思う)して、僕は泣いていました。で、洗面所で顔洗っていると、誰かが僕の頭を撫でてくるんですよ。僕はその時イライラしていたので、「誰やねん!嫌がらせか!?」と思ってすかさず後ろ蹴りをかましてやりました。

で、振り返るとそこには初恋の女の子が立っていました

 

??!!

 

僕はパニックになって、とにかくその場から立ち去りました。教室に戻ってからも「え!?頭を撫でてたのあの子!?え!?あの子なの?!!」と錯乱してました。しかし冷静になって考えてみると、周りに誰も居なかったので、間違いなくあの子でした。

当時の僕にはそのことを問いただしてみたり、潔く謝ったりするという発想が無かったので、結局その子とはそれ以来疎遠になっちゃいました。

当時そこまで親密ではなかったあの子がなぜ僕の頭を撫でたのか、未だに分からずじまいですが、あれは本当に「人生終わったな」と思いました……。

人生終わらないもんだ

とまぁ、こんなどうでもいい話は置いておいて、誰しもがそういう「人生終わったな」と思う瞬間とか時期とかってあると思うんですよね。もしかしたら今がまさにそういう時期、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

でも、こんだけ裕福で治安の良い国に住んでいたら、そう安々と終わんないんですよ、人生なんて。僕なんか失恋とか、イジメとか、家庭崩壊とか、孤立とか、借金とか色々ありましたけど、なんだかんだ22歳まで生き延びちゃっていますし(もちろん、明日死ぬかもしれないんですけど)。

生きてる意味とか分からなくても死ぬのは怖いし、自分が「人生終わったな」と思うことなんて、他人からすれば大したことじゃない可能性だって高い。そもそも平均年齢まで生き延びると考えてみれば、20歳そこらなんてまだ4分の1なんですよ。1日に直すとまだ朝6時なんですよ。まさに「まだ始まってすらいない」状態なんです。

笑い話や苦労話をいくつ持てるかが、その人間の深さなのかもしれない

しかも、「人生終わったな」って思えるのは、実のところ凄く喜ばしいことだったりするんですよね。だって、そういう時期って乗り越えてみれば、大抵すんごくしょうもなかったりして、後々の笑い話や苦労話として使えるものばかりなので。

そういう武勇伝的なものを作るために、「人生終わったな」と思えるような経験を若い内に、あと50回くらいは積んでてもいいんじゃないかなぁとすら思えてくるんですよね。個人的に。

失敗を恐れずに行動し続ければ、自ずとそういう経験は増えていくでしょう。そうした経験をたくさん積むことでこそ、人間的な深みが醸成されるんじゃないかなぁと思うんです。

最後に

少しふざけた感じのポジティブバカ記事になっちゃいましたが、こういう心持ちって意外と大事だと思うんですよね。

もちろん、すべての人がこういうマインドセットであるべきだとは思わないのですが、頭の片隅に置いておいて「あ、これ乗り越えたらめちゃくちゃ面白いぞ!」と思って、少しでも気が楽になってもらえたらいいなぁと思います。

それではまた!

 

【追記】

後日、こうしたポジティブシンキングに警鐘を鳴らす記事を掲載する予定です。

 

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