自分が所属するコミュニティ内だけで評価されるということ

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よくFacebookで意識高めな投稿をする人がいますが、彼らの投稿を見ているといつも同じような人からいいねやコメントがついているなんて事があります。友達同士でつながっているのだから、当然といえば当然なのですが、どこかで引っかかるものがあります。

自分が所属するコミュニティ内だけで評価されること

評価はされるでされるで良いのですが、自分が所属するコミュニティ内だけで評価されることは良いことだとは思いません。なぜなら、そういう方は「世界」の広さを理解出来ないからです。

少し前まで僕も内輪のコミュニティで評価されて、「自分は色々頑張っているし、みんながそれを認めてくれている」とどこかで思ってきました。

ですが、それは本当にただの錯覚でした。内輪のコミュニティを一歩出れば、あまりにも出来ないことが多くて、「自分はこんな人間なんだ」「こんなことをしてきたんだ」と胸を張って主張出来なくなってしまいました。

そう考えると、内輪のコミュニティで評価されて、外側の「世界」では何も出来ない自分が如何にこれまで狭い視野で物事を見てきたかということが理解できました。

内側である程度満足できれば、外側の世界にもっと関わっていくべきです。じゃないと、いざ内側のコミュニティが崩壊したとき、抗うことすら出来なくなってしまいます。

まずは内輪のコミュニティで評価されよう

ただ、内輪のコミュニティにも評価されていない人も多いと思います。これは別に「いいね」やコメントの数が少なさを指しているわけではなく、内輪の人間にも自分がどういった人間なのか発言できないでいることを指しています。

マズローの欲求5段階説で言えば、社会的欲求が満たされていない状態。この状態の方はどんなツールでも良いから人に自分という人間を発信していく必要があります。

僕はそのツールがたまたま文章だっただけで、Facebookで自分を発信してから親友ができました。で、今は内輪のコミュニティで満たされているから、もっと外側の「世界」と接点を持とうと実家を出て単身上京したりしてるわけです。

外側の世界に目を向けると本当自分ってまだまだ未熟だなぁと思わされることばかりですが、昔よりも、色んな楽しみを見いだせる様になりました。だから、内側のコミュニティで閉じこもっている人には、自分なりの段階を踏んでもっと多くのものに触れ合って、感じてみて欲しいなと思います。

 

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