僕は”被災地”を見ることができなかった【3】

のさか たくみ   10/11/2016   僕は”被災地”を見ることができなかった【3】 はコメントを受け付けていません。

1】【2】記事までの概要

「”被災地”を自分の目で見てみたい」

気まぐれでそう思った僕は、ヒッチハイクで福島県いわき市へ向かうことに。その道中、震災にあったドライバーの方々と出会い、震災に関する様々なお話を伺うことができた。

一時はヒッチハイクを止めようかと迷ったが、続けることを決意し、震災被害があったとされる小名浜へ無事に到着する。本記事はホテルで一泊した後のお話。


次の日、震災時、被害のあったと言われる『アクアマリンふくしま』の付近へ行くことにした。

震災から5年も経っているのだから、もうほとんど復興は済んでいるだろうと思っていたが、その予想は違った意味で裏切られた。

震災の爪痕は、全く遺って無かったのだ。

道中、重機がたくさんあったが、それは新しいイオンモールを作ろうとしていただけで、恐らく震災のせいではないだろう。

被害のあった場所だと聞かされなければ、何もわからない。『アクアマリンふくしま』は”被災地”ではなく、単なる”観光地”になってしまっていたのだ。

ネットで調べてみると、確かにここは被害のあった場所だった。

震災からわずか126日で再オープンしている施設だ。5年6ヶ月経った今となっては、もはやその傷跡が残っているわけがなかった。

参照:水族館裏探訪 東日本大震災から126日。アクアマリンふくしまが再オープン!

参照:震災から2年2ヶ月が過ぎた小名浜 同じ場所で撮影

ある意味がっかりして、『アクアマリンふくしま』の近くにある『いわき・ら・ら・ミュウ』へ入ることにした。

『いわき・ら・ら・ミュウ』は、市場やレストラン、土産店などの複合施設。以前、東北の観光地についての記事を書く際に、調べたことがあったのでどんな施設か知っていた。お土産だけでも買って帰ろうと、あまり期待せずに入った。

ところが、またもやその予想は裏切られた。『いわき・ら・ら・ミュウ』の2階では、震災に関する資料やムービーなどを、見ることができる資料館が特設されていたのだ。

これは誠に不謹慎なのだが、僕は意気揚々としてその資料館へ入ることにした。

中には10〜20ほどの人が居た。どの人も僕より1回り、2回りは年上の方々ばかりだった。

資料やムービーを見れば見るほど、ここが震災のあった場所だったのだと認識させられる。ただ、やはり僕は”被災地”を見ていないからか、なんだか飾られた、綺麗に整理された見せ物としてしか見ることができなかった。

実際に自分の目で見てみれば、大きく心は揺さぶられてしまうのだろうか。……もしも今回、僕が期待した”被災地”の残骸を見るだけで、歯ぎしりをするような衝撃は起きるのだろうか。

僕は、2時46分に突如発生した暴力的なまでの災害を受けた人々の気持ちを理解することが、ひいては、実感することができるのだろうか。

僕は自分の想像力や共感性の無さに悔しくなってしまった。多分僕は最終的に理解はできても、本質的な意味で実感することはできないのだろうと思ったから。

3.11のとき、あれはちょうど部活動の1つ上の先輩を見送る、卒業ライブだったと思う。

ライブが終わって、先輩に別れの挨拶をしていたとき、当然顧問の先生が東日本で大津波が起きていることを知らせてくれた。できる限り早く帰るように言われて早々と挨拶を済ませ、家に帰った。

家に帰ると、テレビは津波の荒々しい映像で埋め尽くされていた。

当時は、「なんてひどい光景だ……」と心を多少痛めはしたが、他人事感覚だったのは紛れもない事実だった。

公共広告機構(AC)のCMが恐怖に感じたり、だけど、おはよウナギとかが出る「魔法の言葉で楽しい仲間がポポポーン」っていうCMだけはなんだか気に入っていて、ひたすら友人とそのネタでふざけあっていた。

気がついた頃には恐怖の「AC」音が消えてて、また気がついた頃には普通の番組やCMもするようになっていて、東日本で起きたあの悲劇は僕の生活の中では、いつの間にか全くの存在感を持たなくなっていた。

ときおり、あれから1年だとか、2年だとかでテレビでやっていても、お気に入りの番組にチャンネルを変えてしまっていた。

少なくとも、僕の回りのほとんどがそうだった。ある種、強制的な機会がなければ、あの悲劇について思い出したり、話そうとしたりしなかった。

当たり前のように生活して、当たり前のように忘れる。いや多分、意図的に忘れようとした部分もあったのだろう。心が暗くなるようなことを、わざわざ思い出したくなかったから。

そんな僕だ。今更ながらに”被災地”だった場所に来たところで、ほんの数人と話したくらいで、その時の彼・彼女らに起きたこと、彼・彼女らが感じたことを軽々しく「解る〜!」と同意するなんて失礼だし、そう簡単に解りっこないのだ。

お土産を買って出てきた僕は、そんな苦々しく陰鬱な気持ちを抱えて、大阪へ帰ることを決意した。

今にも雨が振りそうな、灰色に黒を混ぜたような空が広がっていた。


この記事内で使われている写真はFlickrから取ってきた写真です。今回僕が撮ってきた写真ではありませんので、誤解の無いよう、よろしくお願いいたします。

参照:僕は”被災地”を見ることができなかった【1】

参照:僕は”被災地”を見ることができなかった【2】

参照:僕は”被災地”を見ることができなかった【4】

 

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