エッセイは聴覚優位的だと思った話

どうも、のさか(@breakconnect)です。

昨日公開したこちらの記事ですが、実はnoteでも同じ内容の記事を書いていました。

参照:「難しい問題ですね〜。」という問題

元々、このブログだけで書くつもりだったのですが、なんだかnote(エッセイ)の方が書きやすそうだと思ったので、ものは試しで書いてみることに。

するとまぁ、次から次へと言葉が出てきて20分と経たずに記事が完成してしまいました。

エッセイは構成や結論を決めない

普段このブログで記事を書くときは、大まかな内容をノートにまとめてから、清書するようにパソコンに打ち込んでいます。

書く前に、構成や結論をある程度決めているため、内容が大きく変わることはありませんし、論理が飛躍しすぎることもありません。

一方、エッセイ(あれを「エッセイ」と言っていいのか、おこがましい気もしますが……)を書くときは、構成や結論を決めたりはしません。

自分の中で流れている言葉というか、思いついたことをつらつらと並べていく、そんな感覚で書いています。だから、記事の内容が思いもよらないものになったりすることもあります。

認知特性的に自分は聴覚優位

「書く」という行為と「話す」という行為には大きな違いがあるのですが、どちらかと言えば、エッセイは「話す」ように書いている節はあります。

参照:「書く」ことの本当の意味

もっと言うのであれば、言葉の耳障りの良さや響きを重視して書いています。

イケダハヤトさんが、聴覚優位か視覚優位か調べるテストを作っていたのですが、そのテストでは僕は聴覚優位でした。

参照:「才能」とは何なのか。それは「認知特性」です。さぁ、「風鈴」を想像してみてください

同氏曰く、聴覚優位の人は話すように文章を書けるので、文章書くのは向いているのだとか。

そう考えると、普段ブログ記事を書くとき2,3時間かけている自分が、エッセイだと20分ほどで書けてしまう理由に納得がいくんですよね。

エッセイは話すように書いているので、まさしく聴覚優位に適しているわけです。

最後に

もちろん、単純にブログ記事のほうが文字数が多いので、時間がかかってしまっている面もありますが、入力速度はやっぱりエッセイの方が早い。

同じ内容を違う書き方で表現することで、また違った印象を与えられると思うので、暇があればnoteの方にも記事を投稿していこうと思います。

それでは、今日はこの辺で。

ではでは。

 

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